中世の音楽
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中世の音楽 Musik des Mittelalters

(およそ8世紀から15世紀まで)

目次 Inhalt

1.オルガヌム2.アルス・アンティクワ 3・アルス・ノヴァ4・世俗的芸術歌曲
5・中世の楽器エアリード楽器リード楽器金管楽器 打楽器弦楽器鍵盤楽器

1.オルガヌムの発展 Entwicklung der Organum

(Organum = gr. "Werkzeug")

前項で述べたとおり、グレゴリオ聖歌をそのまま歌うことに飽き足らなかった教会音楽家たちは4度や5度の並行した ハーモニーをつける「オルガヌム」を始めました。これはやがて並行するだけでなく、いくらか多様な動きをみせる 「自由オルガヌム」へと発展します。12世紀にはヨーロッパの文化の中心がパリに移り、オルガヌムの中心もパリの ノートルダム(Notre Dame de Paris)となりました。 ノートルダムで最も偉大なオルガヌムの作曲家と言われていたのは レオニヌス(Leoninus)でした。レオニヌスは主旋律と複旋律(Duplum, Triplum)が同じリズムパターンで歌う 様式のほか、グレゴリオ聖歌の旋律を引き伸ばして長い音符にし、その上に複雑で躍動的な声部を加えるという手法を 用いていました。

2.アルス・アンティクワ Ars antiqua = lat. "Alte Kunst"

(およそ1250-1325年頃)

「古い芸術」を意味するラテン語で、この頃も引き続いてノートルダムの時代が続きます。それで先ほどのレオニヌスを 含めてこの時代のノートルダムの音楽家たちを「ノートルダム楽派」と言います。
レオニヌスの後継者であったペロティヌス(Perotinus)は、オルガヌムから一歩踏み出したディスカントゥス (Discantus)、 コンドゥクトゥス(Conductus)、クラウズラ(Clausura)と言った様式で作曲していました。

ディスカントゥスは定旋律に対し副旋律が反行するもので、コンドゥクトゥスは既存の聖歌を使わず、定旋律を含め全声部を創作するもの、 クラウズラはオルガヌムに挿入される舞曲的な間奏です。

ノートルダム楽派の様式で今日最も重要視されているのは「モテト(Motette)」です。 これは定旋律に対して副旋律のメロディー、リズム、そして歌詞までもが独立するといった画期的なものでした。 副旋律の独立した歌詞は定旋律のもともとの歌詞の内容を補足するものであったようです。さらに 「モーダルリズム(Modalrhythmus)」というリズムシステムが導入されるようになりました。これは楽曲を幾つかの リズム・パターンに当てはめ、整理して演奏しやすくするもので、今日のリズム・システムの 先駆けとなっています。当時、三位一体の神学的教理から3という数字が神聖視されており、その影響からか3拍子系のリズム しかありませんでした。つまり4分の4などのリズムはこの時はまだなかったことになります。

3.アルス・ノヴァ Ars nova = lat. "Neue Kunst"

(およそ1325年以降)

1320年、フランスの作曲家・理論家であったフィリップ・ド・ヴィトリ(Philippe de Vitry 1291 - 1361)は モテトの記譜法についての新しい手法をまとめ、論文を発表しました。その名は「アルス・ノヴァ(ラテン語で 新しい芸術)」と題し、 この論文によってそれまでの3拍子に加え、2拍子のリズムの可能性が示唆されました。

当時の音楽家たちは指導力を失いつつあった教会に対して少しずつ興味が薄れ、宮廷などの仕事を好むようになります。 また自分たちの音楽をヴィトリの論文にちなんで「アルス・ノヴァ」であると主張し、それまでのノートルダムの 音楽を古い芸術、「アルス・アンティクワ」であるとしました。

フランスの作曲家、ギョーム・ド・マショー(Guillaume de Machaut 1300 - 1377)は聖職者であったにもかかわらす、 その活動の拠点を世俗に置き、彼の現存する140もの作品の内、教会典礼の曲はわずか7曲でした。 彼はバラード、ロンドといった楽曲の他、「イソリズム(Isorhythmus)」を採用した イソリズム・モテトを多く作曲しました。 これはテノールの声部においてあるリズムパターンが繰り返されるというものです。 イソリズム・モテトにおいてはテノールパートは幾つかに分けられ、リズムパターンが反復される楽句 「タレア(Talea)」と音程のパターン(すなわち旋律)が反復される「コロール(Color)」に整理されました。

音楽の中心はいぜんフランスにありましたが、イタリアでは芸術的独立の気運が生まれ、多くの作曲活動が 行われます。フランチェスコ・ランディーニ(Francesco Landini 1325 - 1397)に 代表されるように、イタリアの作風はフランスと比較すると旋律的であったようです。 とりわけイタリアでは楽器で伴奏する歌唱が盛んでした。カノン、フーガといった形式が好んで用いられ、 「カッチャ(Caccia)」という狩猟音楽も好まれていました。

ネーデルランドではいわゆる「フランドル楽派」が生まれ、声楽ポリフォニーの技巧(Niederländische Vokalpolyphonie)が発展します。
その特色は模倣の技法(Imitation)を使い、 対位法(Kontrapunkt)が非常に精錬されていったことで、音楽史上重要なポイントとなっています。 フランドル楽派の代表的な作曲家としてヨハンネス・オケゲム(Johannes de Ockeghem 1430 - 1495)、 ジョスカン・デ・プレ(Joskin de Près 1455 - 1521)、ヤコブ・オブレヒト(Jacob Obrecht 1450 - 1505)、 らが挙げられます。

4.世俗的芸術歌曲の起こり Entsteheung einer weltlichen Liedkunst

11世紀頃から教会外でもゴーリヤド(Gauklen)やジョングルール(Jongleur)と言った芸人が歌を歌っていましたが、 それはあくまで大衆向けで、教会や有力者からは喜ばれない存在でした。 およそ1170〜1270年頃、フランス北部ではトルヴェール(Trouvère)、 フランス南部ではトルバドゥール(Troubadours)といった宮廷仕えの歌手が登場します。彼らの歌うテーマは 騎士道的恋愛(Minnedienst)、政治などで、楽器の伴奏をもって歌っていました。使われた楽器はフィドル、 ハーディ・ガーディ、小型ハープなどでした。有名なトルヴェールにはアダム・ド・ラ・アール(Adam de la Halle)が、 トルバドゥールにはベルナール・ド・ヴァンタドール(Bernart de Vantadorn)がいました。

ドイツでは12世紀から14世紀にかけてフランスと同じような騎士道的恋愛を謳歌する ミンネゼンガー(Minnesänger)が登場します。彼らは自らフィドルや小型ハープを抱えて伴奏しながら 歌っていました。有名なミンネゼンガーとしてはヴァルター・フォン・デア・フォーゲルヴァイデ (Walter von der Vogelweide)やナイドハルト・フォン・ロイエンタール(Neidhart von Reuental)などがいました。

騎士道的恋愛(ミンネディーンスト Minnedienst)について。

Minneは恋愛、Dienstは奉仕やサービスを意味するドイツ語で、直訳すると「恋愛奉仕」ということになりますが、 騎士の恋愛奉仕とはどのようなものであったのでしょうか。

中世の騎士たちは領主に仕えていましたが、戦うことを職業とする人間だけに、当時のカトリック教会は 騎士たちの暴力で自分たちの権限が侵されることをおそれ、騎士になるのに教会の許可を必要とする制度を 作りました。そこで「騎士道」なる精神論が説かれるようになり、その中心となるのは「忠誠心」でした。 忠誠を尽くすべきは神であり、領主であり、キリスト教徒であって、また弱者への庇護も 重んじられました。

やがて領主たちが戦いに明け暮れるようになると、領主たちはそれぞれ多くの騎士が必要になり、頻繁に騎馬試合 を行って優秀な騎士を集めるようになりました。この時、本来の「弱者への庇護」の理念がいつしか女性につくす ということになり、戦いの際には騎士は一人忠誠をつくす貴婦人を決めて戦う習慣となりました。これが 「ミンネディーンスト」で、騎馬試合が開催されると貴族の婦人は着飾って参加し、 騎士たちの関心をひく役目を果していました。

若い騎士たちがミンネディーンストに憧れることは多くの騎士を集めたい領主にとって好都合でした。 宮仕えの歌手たちはミンネディーンストがいかに甘美で高潔なものであるかを歌い上げ、作家たちはそれを 美しく感動的な物語に書き上げました。そのような歌や文学に触れた若者が騎士に憧れて行ったであろうことは 想像に難くありませんが、現在もなおこの貴婦人への忠誠の理念は「紳士のあるべき姿」として西洋人の 美学に根強く残っています。

5.中世の楽器 Musikinstrumente des Mittelalters

5-1 エアリード楽器 Luftblattinstrumente

フルート Querflöteリコーダー Blockflöte

5-2 リード楽器 Rohrblattinstrumente

シャルマイ
Schalmei
バグパイプ Dudelsackバスポンマー Basspommer

5-3 金管楽器 Metallblassinstrumente

ブジーネ Busineツィンク Zinkトランペット Trompete

5-4 打楽器 Schlaginstrumente

ティンパニ Paukeタム Trommeln

5-5 弦楽器 Saiteninstrumente

(左)小ハープ Kleine Harfe

トルヴェール、トルバドゥール、ミンネゼンガーなどが使用していました。

(中)リュート Laute

当時、「楽器の女王(Königin der Instrumente)」と言われ、 ポリフォニックな弦楽器としてもてはやされていました。

(右) トロンバ・マリーナ Trumscheit

「海のトランペット」と言われ、1本の弦で多くはフラジオレットやハーモニクス( 弦を軽く押さえて倍音を出す方法)で演奏されていました。

ハックブレット Hackbrett

マレットで叩く弦楽器で、ピアノの祖先と言えます。

プサルテリウム  Psalterium

ハックブレットと似ていますが、こちらははじいて 音を出すものです。

フィドル Fidle

ヴァイオリンに似た擦弦楽器で、主に世俗曲で使用されていました。16世紀、ヴィオラ・ダ・ブラッチオの登場で 影を潜めます。

5-6 鍵盤楽器 Tasteninstrumente

(右)クラヴィツィテリウム Clavicyterium

撥弦方式の鍵盤楽器で現存する最古のものはクラヴィツィテリウム、つまりアップライト式のチェンバロ です。この頃はまだダンパーがついていませんでした。

(下)クラヴィコード Clavichord

実験用の楽器であったモノコードに鍵盤をつけた「鍵盤つきモノコード(Tastenmonochord)」にプレクトラム(Tangente)による 打弦方式が最初に採用されました。これがやがて演奏用の楽器「クラヴィコード」へと発展します。

クラヴィコードは中世からバロックにかけて多くの音楽家から支持されていましたが、ピアノの普及とともに 次第に衰退していきました。

ハーディ・ガーディ(ドレー・ライエル)
Drehleyer

中世から18世紀頃まで使用されていた鍵盤式の擦弦楽器です。通常合奏は行わず独奏用の楽器で、 伴奏として音程の変わらない弦(Bordunsaite)をメロディーと同時に常時鳴らすようになっています。 和声進行とは全く関係ない音が終始鳴っているわけで違和感はありますが、それはそれで独特の味を出しています。

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